#04 鍵のかかっていない鳥籠

「ここは、鍵のない鳥籠のようなものかもしれません」

彼女はひとりごとのように、そう呟いた。

「ここを、小説にしてほしいんです」

そう言われたとき、
永衣は少しだけ考えて、すぐに頷いた。

断る理由はなかったし、
なにより、その“空気”に興味を持ってしまったからだ。

玄関をくぐったとき、まず感じたのは静けさだった。
リビングには、数人の女性がいた。
誰もが思い思いの場所に座っていて、けれど妙に整っている。

距離が、均一なのだ。

近すぎず、遠すぎず。
まるで、目に見えない線が引かれているみたいに。

「はじめまして」

そう声をかけると、いくつかの視線がゆっくりと向いた。
興味とも、警戒ともつかない、曖昧な温度。

けれどすぐに、その視線は外れる。

まるで、見続けることが何かを壊してしまうみたいに。

「みなさん、ここに住んでいるんですか」

誰に向けたともなくそう尋ねると、
一人が、ほんの少しだけ笑った。

「住んでいる、というより……好きな時に来て、好きなだけいるだけなんです」

その言い方が妙に引っかかった。

いるだけ。
それなのに、誰も帰ろうとする気配がない。

窓の外は、夕方の色に変わりはじめていた。
帰る理由なんて、いくらでもある時間だ。

それでも、誰も立ち上がらない。

「出ていこうと思えば、出ていけますよ」

別の女性が、さらりと言った。

「誰も止めませんし」

そう言いながら、
その人はソファの背に軽く指を這わせている。

無意識なのか、それとも癖なのか。
触れているのは、何でもないはずの場所なのに、どこか落ち着かない。

「……じゃあ、どうして」

そこまで言いかけて、うたたねは言葉を止めた。

聞かなくても、わかる気がしたからだ。

理由なんて、きっと一つじゃない。

ここには、説明できないものが多すぎる。

視線が交わって、逸れて。
ほんの少しの間だけ、誰かの隣に寄る気配がして、また離れる。

何も起きていないはずなのに、
何かが常に起きているような感覚。

「書けそうですか」

最初に依頼をしてきた女性が、静かに尋ねた。

永衣は、曖昧な微笑を浮かべた。

「ええ。たぶん」

そう答えながら、
まだ何も知らないことを、はっきりと自覚していた。

ここでは、たぶん。

知ること自体が、少しずつ進んでいくのだ。

誰が、どんな理由でここにいるのか。
なぜ、出ていかないのか。

そして——
この空気が、どこへ向かっていくのか。

まだ、何も起きていない。

けれど、
何かが始まっていることだけは、確かだった。

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